フリーランス放射線科医松村むつみ|医療の「あいだ」をつなぐブログ

フリーランス放射線科医、医療ライターしてます。日本の医療者、病院、患者さんたち、病気に関心のある一般の方々の、「あいだ」をうまくつなげるような、そんなブログを目指しています。ときどき社会問題も扱います。

唐突に、「彼女は頭が悪いから」

今回も、医学ではない話です。

唐突に、小説に関する書評・感想ですが、いろいろと思うところがあったので書いてみます。

少し前のことですが、上野千鶴子さんの東大入学式の式辞で、ヒメノカオルコさんの「彼女は頭が悪いから」と言う小説が言及され、話題を呼びました。ブックメーターの個人の感想では、気が滅入るような内容に対して、“胸くそオブザイヤー”という表現もなされています。

「彼女は頭が悪いから」は、2016年に東大男子学生による他大学の女子学生に対しての強制わいせつ事件を題材にしており、2018年7月に出版され、東大では作者及び学内の教授たちのブックトークも行われました。ブックトークでは、「東大生はつるつるピカピカで挫折がない、と書いているが現実とは違う」「東大生をひとまとめにして貶めている」「東大に関する描写の細部が違う」などの批判も出たようです。

 

では、「彼女は頭が悪いから」は、具体的にはどんな小説なのでしょうか。あらすじは以下の通り。

 

“私は東大生の将来をダメにした勘違い女なの?
深夜のマンションで起こった東大生5人による強制わいせつ事件。非難されたのはなぜか被害者の女子大生だった。
現実に起こった事件に着想を得た衝撃の書き下ろし「非さわやか100%青春小説」!
横浜市郊外のごくふつうの家庭で育った神立美咲は女子大に進学する。渋谷区広尾の申し分のない環境で育った竹内つばさは、東京大学理科1類に進学した。横浜のオクフェスの夜、ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。しかし、人々の妬み、劣等感、格差意識が交錯し、東大生5人によるおぞましい事件につながってゆく。”

 Amazon「内容紹介」より

 

※ここに書くのははあくまで、「小説」に対する感想であり、実際の事件に対する言及では一切ありません。

 

個人的には、なかなか興味深い小説ではありました。「フェミニズム」に関する小説では「1982年生まれ キム・ジョン」という韓国人作家の書いたものがアジア圏でベストセラーになっており、わたしはそちらも読んでいますが、淡々と、一見小説ではないような記録調の文体で書いてある「キム・ジョン」と比較すると、事実を題材にしてあるにもかかわらず、小説らしい「肉づけ」がなされており、丁寧に作りあげられています。むしろ、その「丁寧な肉付け」が、「記録調のフィクション」と比べると、いかにも小説っぽさ、虚構っぽさを感じさせてしまい(かなり事実に近い構成になっているにもかかわらず)、リアリティを減じている部分もあるような気がしますが、センシティブな事件の記録としては書けないことを、あえて小説という形で書いたのが本書なので、その成り立ちを考えると、やむをえないことかもしれません。

 

物語は、いずれ加害者グループのひとりになる、男主人公「つばさ」と、被害者となる女主人公「美咲」の、大学に入るまでの生い立ちの描写が交互に繰り返されて進みます。

 

「つばさ」は、「つるつるピカピカで挫折を知らない」と表現されていますが、これは「つばさ」の内面を逆説的に描写するための意図的な表現であって、そういった目で読めば、「つばさ」は、表面的な挫折こそないものの、内面的には、本人があえて直視しないようにしている屈折を幾重にも抱え込み、無意識のうちに虚無感を抱いています(「つばさ」は、「内省を必要としない健全な」人格として描写されますが、このような逆説的な言葉選びもポイントです)。東大で行われたブックトークでは、「挫折を知らない東大生が、現実とは違い、共感できない」という学生さんの意見も紹介されたようですが、「挫折という言葉で表現されない、挫折にも似たもの、あるいは挫折よりももっと深刻なもの」を、学生さんが感じ取れず、字面通りに受け取っていたのだとすると、小説の読み方としては、やや残念かもしれません。

 

また、「東大理1の男性が女性にもてる」という描写が現実ではない、という批判もあったようで、これに関しては、まあそうかもしれないと思います。医学部出身のわたしのほうが、東大の学生さんよりも、このあたりはリアリティをもって読めたかもしれません。医学生や、研修医の男性はもてます。また、難関に入ったという自負を持っている人もいます。この小説の男主人公のような人がそれほどいるとは思いませんが、非常に常識的な男性が一部この主人公のような側面(共感性のなさや残虐性)を持っていたり、ということは何度か感じたように思います(東大生も同様でしょうが、実際には、良心的な人の方が多く、このような人はごく一部ではあります)。医学部生や若い医師にも、女性を手当たり次第、という人はいて、医学生や医師によるわいせつ事件もときどきニュースになりますね。

 

男子学生たちにも、こういった事件を引き起こしてしまう病理や偏った価値観のようなものが、直接的にではありませんが、言動のはしばしで丁寧に描写されていきます。ブックメーターなどの感想サイトでも、男子学生の異常性に対するコメントが並びました。

 

一方、「美咲」という女主人公である女子学生の描写に対する感想は多くはありません。個人的には、「美咲」の意図的な描かれ方が、むしろ印象に残りました(繰り返し申しますが、あくまで小説の女主人公について書いています。現実の被害者の方に言及するものではありません)。首都圏近郊(横浜市)で育ち、「女の子はそれほど勉強しなくてもよい」という家庭環境、長女として自分のことは後回しにし、弟や妹の面倒を見、母親の手伝いをします。「男の酔っ払いと違って女の酔っ払いはしゃれにならない」というような「昭和」の頃よく聞いた科白を言う母親。父親にお酌をする主人公。年代の設定を考えると、おそらく主人公はわたしよりも15年以上若いと思われるのですが、わたしはまず、「こんな化石のような家庭環境、性格の女の子って今時いるのだろうか。しかも、地方ではなく首都圏近郊で」と、どうしてもリアリティを抱けませんでした。

日本のここかしこに「息をするように」根付いている男尊女卑をベースとした古い価値観(日常生活では、それが意識されることすらない)を、疑問をもたずに再生産するようなキャラクター。

彼女は自尊心が低く、周囲の人の言うことを疑いを持たずに受け入れ、自分では自覚がないままいいなりになってしまう。作者は、そのようにして作られる女性側の人格についても、バイアスあふれる環境をあえて「自然に」描写することで、浮き彫りにしたかったのかもしれません。

事実、「美咲」は「つばさ」に、都合のいい人間として扱われます。それでも、「恋しているから」「つばさ」の言うことを受け入れ、自ら「分をわきまえて」都合のいい人間であり続けようとしてしまいます。「恋しているから」という言葉が何度も出てきて、かなりさらっとした表現ではありますが、わたしから見ると、「美咲」の選択もやや病的なものではあると思います。「これは恋ではない」とも思ってしまいますし、「わたしだったらつばさのような人は、二回会うのが限界だなあ」とも思います。「美咲」からは、場合によっては生存が困難なくらいの危うさ、命を危険にさらしてしまうくらいの自尊感情の低さを感じ、背筋が凍ります。結果として、「美咲」は被害者になってしまうわけですが、ここで仮に被害者とならなくても、彼女を待ち受けるものは、この社会ではあまり明るい未来ではないかもしれません。結婚したとしても、夫のDVや自分の経済量のなさによる厳しい生活。または、様々な物事へのリテラシーの低さに起因する「貧困」。そういった諸問題を生み出している原因のひとつに、ひょっとしたら、古い価値観の再生産を強いる環境があるのかもしれない。そういうことまで考えさせてくれる小説でした。