松村むつみ|医療の「あいだ」をつなぐブログ

放射線科医、医療ライターしてます。日本の医療者、病院、患者さんたち、病気に関心のある一般の方々の、「あいだ」をうまくつなげるような、そんなブログを目指しています

出生前検査の記事とクラウドファンディング

賛否両論ある出生前検査ですが、Business Insider Japanに記事を書きました。

www.businessinsider.jp

その際に、出生前検査を受ける妊婦さんのサポートを行っているNPO法人「親子の未来を支える会」にもお話を伺いました。

「親子の未来を支える会」は、赤ちゃんに「病気や障がいがあった時」に特化して妊婦さんや家族を支える仕組み「胎児ホットライン」(ネット上のコミュニティにおける相談、出生前検査に関するブックレットの作成などを行う)を立ち上げ、クラウドファンディングを行っています。クラウドファンディングは5月15日までです!

readyfor.jp

唐突に、「彼女は頭が悪いから」

今回も、医学ではない話です。

唐突に、小説に関する書評・感想ですが、いろいろと思うところがあったので書いてみます。

少し前のことですが、上野千鶴子さんの東大入学式の式辞で、ヒメノカオルコさんの「彼女は頭が悪いから」と言う小説が言及され、話題を呼びました。ブックメーターの個人の感想では、気が滅入るような内容に対して、“胸くそオブザイヤー”という表現もなされています。

「彼女は頭が悪いから」は、2016年に東大男子学生による他大学の女子学生に対しての強制わいせつ事件を題材にしており、2018年7月に出版され、東大では作者及び学内の教授たちのブックトークも行われました。ブックトークでは、「東大生はつるつるピカピカで挫折がない、と書いているが現実とは違う」「東大生をひとまとめにして貶めている」「東大に関する描写の細部が違う」などの批判も出たようです。

 

では、「彼女は頭が悪いから」は、具体的にはどんな小説なのでしょうか。あらすじは以下の通り。

 

“私は東大生の将来をダメにした勘違い女なの?
深夜のマンションで起こった東大生5人による強制わいせつ事件。非難されたのはなぜか被害者の女子大生だった。
現実に起こった事件に着想を得た衝撃の書き下ろし「非さわやか100%青春小説」!
横浜市郊外のごくふつうの家庭で育った神立美咲は女子大に進学する。渋谷区広尾の申し分のない環境で育った竹内つばさは、東京大学理科1類に進学した。横浜のオクフェスの夜、ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。しかし、人々の妬み、劣等感、格差意識が交錯し、東大生5人によるおぞましい事件につながってゆく。”

 Amazon「内容紹介」より

 

※ここに書くのははあくまで、「小説」に対する感想であり、実際の事件に対する言及では一切ありません。

 

個人的には、なかなか興味深い小説ではありました。「フェミニズム」に関する小説では「1982年生まれ キム・ジョン」という韓国人作家の書いたものがアジア圏でベストセラーになっており、わたしはそちらも読んでいますが、淡々と、一見小説ではないような記録調の文体で書いてある「キム・ジョン」と比較すると、事実を題材にしてあるにもかかわらず、小説らしい「肉づけ」がなされており、丁寧に作りあげられています。むしろ、その「丁寧な肉付け」が、「記録調のフィクション」と比べると、いかにも小説っぽさ、虚構っぽさを感じさせてしまい(かなり事実に近い構成になっているにもかかわらず)、リアリティを減じている部分もあるような気がしますが、センシティブな事件の記録としては書けないことを、あえて小説という形で書いたのが本書なので、その成り立ちを考えると、やむをえないことかもしれません。

 

物語は、いずれ加害者グループのひとりになる、男主人公「つばさ」と、被害者となる女主人公「美咲」の、大学に入るまでの生い立ちの描写が交互に繰り返されて進みます。

 

「つばさ」は、「つるつるピカピカで挫折を知らない」と表現されていますが、これは「つばさ」の内面を逆説的に描写するための意図的な表現であって、そういった目で読めば、「つばさ」は、表面的な挫折こそないものの、内面的には、本人があえて直視しないようにしている屈折を幾重にも抱え込み、無意識のうちに虚無感を抱いています(「つばさ」は、「内省を必要としない健全な」人格として描写されますが、このような逆説的な言葉選びもポイントです)。東大で行われたブックトークでは、「挫折を知らない東大生が、現実とは違い、共感できない」という学生さんの意見も紹介されたようですが、「挫折という言葉で表現されない、挫折にも似たもの、あるいは挫折よりももっと深刻なもの」を、学生さんが感じ取れず、字面通りに受け取っていたのだとすると、小説の読み方としては、やや残念かもしれません。

 

また、「東大理1の男性が女性にもてる」という描写が現実ではない、という批判もあったようで、これに関しては、まあそうかもしれないと思います。医学部出身のわたしのほうが、東大の学生さんよりも、このあたりはリアリティをもって読めたかもしれません。医学生や、研修医の男性はもてます。また、難関に入ったという自負を持っている人もいます。この小説の男主人公のような人がそれほどいるとは思いませんが、非常に常識的な男性が一部この主人公のような側面(共感性のなさや残虐性)を持っていたり、ということは何度か感じたように思います(東大生も同様でしょうが、実際には、良心的な人の方が多く、このような人はごく一部ではあります)。医学部生や若い医師にも、女性を手当たり次第、という人はいて、医学生や医師によるわいせつ事件もときどきニュースになりますね。

 

男子学生たちにも、こういった事件を引き起こしてしまう病理や偏った価値観のようなものが、直接的にではありませんが、言動のはしばしで丁寧に描写されていきます。ブックメーターなどの感想サイトでも、男子学生の異常性に対するコメントが並びました。

 

一方、「美咲」という女主人公である女子学生の描写に対する感想は多くはありません。個人的には、「美咲」の意図的な描かれ方が、むしろ印象に残りました(繰り返し申しますが、あくまで小説の女主人公について書いています。現実の被害者の方に言及するものではありません)。首都圏近郊(横浜市)で育ち、「女の子はそれほど勉強しなくてもよい」という家庭環境、長女として自分のことは後回しにし、弟や妹の面倒を見、母親の手伝いをします。「男の酔っ払いと違って女の酔っ払いはしゃれにならない」というような「昭和」の頃よく聞いた科白を言う母親。父親にお酌をする主人公。年代の設定を考えると、おそらく主人公はわたしよりも15年以上若いと思われるのですが、わたしはまず、「こんな化石のような家庭環境、性格の女の子って今時いるのだろうか。しかも、地方ではなく首都圏近郊で」と、どうしてもリアリティを抱けませんでした。

日本のここかしこに「息をするように」根付いている男尊女卑をベースとした古い価値観(日常生活では、それが意識されることすらない)を、疑問をもたずに再生産するようなキャラクター。

彼女は自尊心が低く、周囲の人の言うことを疑いを持たずに受け入れ、自分では自覚がないままいいなりになってしまう。作者は、そのようにして作られる女性側の人格についても、バイアスあふれる環境をあえて「自然に」描写することで、浮き彫りにしたかったのかもしれません。

事実、「美咲」は「つばさ」に、都合のいい人間として扱われます。それでも、「恋しているから」「つばさ」の言うことを受け入れ、自ら「分をわきまえて」都合のいい人間であり続けようとしてしまいます。「恋しているから」という言葉が何度も出てきて、かなりさらっとした表現ではありますが、わたしから見ると、「美咲」の選択もやや病的なものではあると思います。「これは恋ではない」とも思ってしまいますし、「わたしだったらつばさのような人は、二回会うのが限界だなあ」とも思います。「美咲」からは、場合によっては生存が困難なくらいの危うさ、命を危険にさらしてしまうくらいの自尊感情の低さを感じ、背筋が凍ります。結果として、「美咲」は被害者になってしまうわけですが、ここで仮に被害者とならなくても、彼女を待ち受けるものは、この社会ではあまり明るい未来ではないかもしれません。結婚したとしても、夫のDVや自分の経済量のなさによる厳しい生活。または、様々な物事へのリテラシーの低さに起因する「貧困」。そういった諸問題を生み出している原因のひとつに、ひょっとしたら、古い価値観の再生産を強いる環境があるのかもしれない。そういうことまで考えさせてくれる小説でした。

「小1の壁」

長女は4月5日に小学校の入学式を済ませ、今日からピカピカの一年生!として、晴れてかどうだかわかりませんが、通学がはじまります。

 

「小1の壁」

 

今までメディアなどではよく聞いた言葉ではありますが、これまでわたしは、どこか他人事のように感じていました。

最寄りの学童は、応募が殺到して落ちてしまったけれど、学校で7時まで預かってくれるキッズクラブには入れたし(基本的に希望すれば全員入ることはできます。横浜市の制度です)、保育園に通っている次女とあわせてお迎えが二箇所になるのが厄介だ、というくらいにしか認識していませんでした(まあこれも十分厄介です。大学病院に勤務していた頃、長女と次女の保育園が違ったことがありましたが、朝と夕方にそれぞれ一時間ほど送り迎えに費やし、本当に非効率でした)。

 

ところが、保育園の環境を少し離れてみて、いかに保育園という制度が恵まれていたか、実感することになります。

入学式を迎える前の4月1日から、長女をキッズクラブに入れると、春休み中は給食がないのでお弁当は必至。当然のことながら、保育園では遠足など特殊な場合を除いてお弁当作りなどはしたことがありません。

 

給食がはじまるのは4月中旬なので、毎日のお弁当作りは本当にしんどい〜(夫に作って貰う日もあります)!

 

また、気になるのは環境です。

学校にもよると思いますが、娘の学校のキッズクラブのスペースは教室一つ分で、そこで1年生から3,4年生までの子どもを預かるわけですから、非常に狭く、放課後ならまだしも、休日に一日過ごすとなると、窮屈じゃあないかと心配になってしまいます(心配をよそに、娘は楽しそうにしていましたが)。

16時くらいに子どもたちの多くが帰ってしまうので(!)、比較的遅くまで預けている娘は、最後はひとりかふたりでぽつんと残された状態になってしまっています。

これまで、18時30分くらいのお迎えならそれほど遅いとも思わなかったのに、かなりカルチャーショックでした。働いているから預けている人が多いのでしょうが、子どもが16時に帰っても対応できる働き方をされている方も多いのだなあと、改めて実感しました。

スタッフの皆さんはとてもいい方で、この春から運営元がかわったので、おそらく色々と改善ははかられていくでしょうが、保育園と比べると、やはり、働きにくい状態であるといえます。少し離れたところにある学童にはまだ空きがあるので入所も検討しましたが、一緒に移動する友達もおらず、移動手段もなく、すぐに入所させるのは難しいのです(他の地域では、学校までお迎えが来て、なおかつ家まで送り届けてくれる学童もあるようです。うらやましい)。

 

預け先の困難に加えて、小学校の連絡体制も、専業主婦を前提にしているのでは? と思われる部分がまだ残っているように見受けられました。例えば、入学してからすぐ翌週に授業参観、懇談会があると知らされたはいいが、時間帯が銘記されておらず、直前に知らされる・・・・・・というようなことです。

これにPTAが加わったら・・・・・・と想像すると、ちょっとぞっとしてしまいますね。

 

地域差もかなりあると思いますが、やはり「小1の壁」、かなりあなどっていましたが、甘くありませんでした。学童からの、巡回バス(ペイしないかな?)などでの各学校へのお迎えがあったりすると、助かる親は多いのではないでしょうか。

病院へ行ったけれど、支払った金額が安すぎて・・・・・・・

小さな子どもがふたりいるので、チョコチョコとよく病院に連れて行きます。風邪やインフルエンザ(風邪は本当は受診は要らないのですが、保育園への説明などのために受診させることがあります)、軽めのアトピー性皮膚炎、副鼻腔炎の疑いなどなど。そのたびに、近所の開業医を受診しますが、診察のたびに支払う金額が「200円や300円」であることは珍しくはありません。

 

先日、長女の吃音(それほど重度ではない)が、なかなか治らないので、来年度の就学のためもあり、川崎にある病院の専門外来を受診してきました。まず、言語聴覚士の方の問診や検査があり、だいたい三十分くらい。そのあと、しばらく待合にて待った後、医師の診察を受け、診察はだいたい二十分くらい。それからリハビリ申し込みの書類を書き、会計して終了。初診だったせいか、それほど混んでいなかったのに4時間ほどかかりました。それでもって、会計で支払った金額は700円程度でした。3割負担でしたので、保険で支払われる分を含むと、診療や検査にかかったコストは全体で2300円程度となります。これは、町のマッサージ店にでかけ、30分のマッサージを受けるよりも(マッサージ30分の相場は3000円程度でしょうか)安い金額!!

 

700円を支払ったとき、ついわたしは、病院の中をぐるりと見渡し、言語聴覚士や医師、総合受付や診療科受付、会計にいる方々などの顔を順くりに思い浮かべて、さらに、診察室の設備などにも思いを巡らせました。果たして、2300円でペイするのか? 医師や言語聴覚士の人件費にもならないのではないだろうか。普通に経営していれば、病院が赤字になるのは至極当然のことであると、ため息をついたのでした。

 

日本の医療の特徴のひとつに、「薄利多売」があります。無駄な受診をしている高齢者も多く、開業医は混み合い、開業医のほうでも、一回当たりの利益が少ないので、受診回数を減らしたり薬を減らしたりするインセンティブが働きにくい状態です。無駄な薬を飲んでいる人も沢山います。また、日本は検査代も安く、画像検査にもあまりお金がかからないので、高齢者に対する「無駄な検査」が連発され、それが検査の数を増やし、見落としや放射線科医の人手不足にもつながっています。薄利多売は、医療業界全体の疲弊を招いていて、看過しがたい問題だと個人的には考えています。

 

また、保険診療分を含んでも、価格がマッサージ以下ということは、専門知識を使った診療行為がその程度の金額にしか評価されていない(医療職は、専門知識を得るため、あるいは維持するために並々ならぬ投資をしています。マッサージにおいても皆さん努力されていると思いますが、マッサージには設備投資はありませんし大量の事務員も不要です)ということで、悲しい現実には違いありません。日本には、医療や福祉は「奉仕」であり、無償労働も当たり前、医療費が一部を除いて激安なのは当たり前という感覚があるように思います。

 

保険診療に対する対価は、厚生労働省の定める保険点数で一律に決まっていますが、診療の一回当たりの単価をもっと高く設定し、無駄な受診をなくしていく必要があるのではないでしょうか。このままでは、早晩日本の医療は立ち行かなくなるでしょう。

NHKラジオ番組、HP完成!ハッシュタグ#女性の働き方こう思う

昨日告知させていただいたラジオ番組ですが、正式なホームページできました!わたしも登場しています。


ハッシュタグ#女性の働き方こう思う ジャーナルNote

 

2月11日(月・祝)午後7時20分~55分
「ジャーナルNote」 ~追跡 女医の働く現場で~
去年相次いだ、大学医学部の不正入試。
背景には、医療の現場で女性医師が働きづらい現状がありました。
密着取材でその現状に迫ります。
★ホームページURL
http://www.nhk.or.jp/radio-b…/bangumi/mihonichi/314041.html…
Twitter (らじる★らじるのアカウントが随時番組情報をつぶやきます)
https://twitter.com/
★番組へのご意見はこちらのページで
https://cgi2.nhk.or.jp/prog/form.cgi?p=P45&tb=f1&f=P45
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https://cgi2.nhk.or.jp/prog/form.cgi?p=P45&tb=f1&f=P45

 

NHKラジオ第一に取材いただきました!

インフルエンザなどで体調不良が続き(家族4人全員がインフルA型になりました)、久々の投稿です。

 

先日、NHKラジオ第一に取材していただきました!

 

放送は2月11日(月)19:20から35分間(インターネットラジオでも聴けます)。

ジャーナルNOTE「追跡 女医の働く現場で」

 

女性医師の働き方をめぐって、外科系の医局で長く働いている女性医師と、フリーランスで「新しい柔軟な働き方(?)」をしている女性医師(一応これがわたし)の、対照的な働き方を取り上げたラジオドキュメンタリーです。

 

遠隔画像診断や、病院・クリニックでの画像診断の傍ら、大学などでささやかに研究もする(企業研究への協力も含めて)という、いろいろなフラグメントを組み合わせたような働き方をしています。自分程度で「新しい働き方」と言っていいのか、おこがましいような気もしましたが、大病院を含めた医師の働き方が変わり、女性のみではなく、全体が働きやすくなるといいなあと思い、取材をお受けしました。

 

東京医大問題で、女性医師を中心とする「医師の働き方」に関心が高まっています。

お時間があればぜひぜひ聴いてください!!

 

www.nhk.or.jp

「ニセ医者」ってどうやって見分けるの?

ときどき摘発される「ニセ医者」。

9月には、Buzzfeed Japan Medical朽木誠一郎記者の取材により、ネット上で「内科医 工藤」と名乗り健康食品を売りつけていた男が、医師ではないことが明るみに出されました。https://www.buzzfeed.com/jp/seiichirokuchiki/ishi-sasho-blog-uragawa

 

また、以前には30年にわたりニセ医者が患者を診察していた例や、美容外科医として数千例の手術を行っていた例もあります。ニュースになるだけでもある程度の数になるので、ひょっとしたら、ニセ医者であることがわかっていない例もそれなりにあるのかもしれません。

 

とはいえ、インターネット時代となり、医師に関する情報もネットで入手しやすくなり、「ニセ医者」の生き残り戦術(?)も、以前とは変わりつつあるかも知れません。

いっぽう、「ニセ弁護士」というのはあまりききませんね。医師はアルバイトを多く組み合わせれば、年収二千万程度は見込め、講演などでも需要のある職業ですし、医師と患者の間にはきわめて大きな「情報の非対称性」があり、専門家以外の人がニセ者を見抜くのはハードルが高いので、成り立ちやすいのかもしれません。

 

では、ネット時代に「ニセ医者」を見分けるのにはどうしたらいいのでしょうか。

 

1.厚生労働省検索サイト(医師等資格確認検索)

よく言われるのは、厚生労働省の検索サイトで名前を入れて、出てくるかどうか見る、というやり方があります。これはある程度参考にはなりますが、万能ではありません。これは医師による二年に一度の届け出をもとに作成されているデータベースであり、届け出は通常勤務する医療機関によって代行されています。ですので、医療機関が届け出を忘れてしまった場合やフリーランスの医師などはひっかからないことがあり、また、職場で旧姓使用をしている場合もひっかかりません。このデータベースで出てこないからといってニセ医者と決めつけるのは早計です。

 

2.とりはえずは「ぐぐる

今の時代、誰かについて調べたいと思えば、だれしもがまずは「ぐぐり」ますよね。実は、医者というのは、ぐぐったときに、比較的名前が出てきやすい職業です。旧姓使用をしている人でも(筆者も、執筆は新姓で行っているのですが、医師の仕事は旧姓です)、医師として旧姓を使用しているのであれば、その名前が検索結果として出てきます。

検索結果は、勤務している病院のサイトのほか、主に、国内での学会発表や国内誌への論文発表が上位にあがります。あるいは、学会や専門医名簿が出てくることもあります。検索結果を見ると、その医師の専門がわかりますし、現在だけではなく過去にどの病院にいたのかもわかります。

複数の学会発表を行っていたり、専門医名簿に名前が載っている医師は、まずニセ医者ではありません。ニセ医者は、面倒くさいことはせずにとにかくお金を稼ぎたいわけですから、時間ばかりかかってお金にはならない学会発表や、専門医取得などはまず行いません。

また、ぐぐってみて、本人が「専門医」をうたっているのに、他にそれを裏付ける検索結果が得られないときには、「怪しい」とみていいでしょう。

 

3.難しいケースあれこれ

執筆などをしている人で、ペンネームを使っている場合には、その人がニセ医者かどうかをネット上で判断するのは難しくなります。大手出版社などから本を出している場合は、出版社が身元確認をしていると考えるしかありません。多くはそれで問題ないはずですが、わたしも執筆する際に、「医師免許提出」はどの会社からも求められたことはないので、百パーセントではないかもしれません。

あと、多いのは実在する医師になりすましていたり、勝手に名前を借りている場合です。実在する医師の専門分野と、ネット上のサイトでうたわれているテーマに解離がある場合は、インチキを疑ってみましょう。

また、本当に医師免許を持っているけれど、ぐぐっても殆ど名前が出てこないケースはまれですが存在します。研修医など医師になりたての場合(ただしこの場合は、大病院勤務がほとんどなので、厚生労働省の検索にはひっかかります)、ネットが発達するより前に常勤や大病院での勤務をやめている場合(年配の医師で、開業をせず非常勤で働いている場合が当てはまります)、あるいは免許はとったけれど、その後研修していない医師(ペーパー医師免許?)などがあげられますが、こういったケースはいずれも、例え本物であっても医師としての能力に問題があることが考えられます。

 

ときおり問題になるニセ医者。滅多に遭遇することはないでしょうが、何か違和感を感じたら、上記の方法で確認してみるのもひとつの方法です。